vol.22

カラスへの招待|ジョセフ・ナジ『カラス / Les Corbeaux

ジョセフ・ナジ『カラス / Les Corbeaux』(2月26日@AI・HALL

撮影:清水俊洋

撮影:清水俊洋

ジョセフ・ナジの最新作『カラス / Les Corbeaux』が2月25日と26日、伊丹市のAI・HALLで上演された。同時に、批評そのものを考察する批評講座(講師:森山直人)、フランスの文化政策に関するレクチャー(講師:藤井慎太郎)、そして、ジョセフ・ナジによるダンス・ワークショップも開催された。これらの企画は、異なる視点から『カラス』という作品に向き合う機会を観客に提供するものであった。
ナジは、フランスのアヴィニョン演劇祭でも作品を上演した振付家でありダンサーでもある。今では国際的に認められ、日本でも『ヴォイツェック』や『ハバククの弁明』などの公演や、世田谷パブリックシアターと共同制作した『遊*ASOBU』で知られている。彼は、旧ユーゴスラヴィア(現セルビア)に生まれ、フランスに渡って、美術、音楽、武道、演劇、パントマイムなど、さまざまな芸術分野に触れてきた。したがって彼の作品は、音楽や絵画などの芸術分野を取り入れることでダンスというジャンルを超越している。今回上演された『カラス』でも、複数のジャンルの融合が見られた。
まずこの作品のチラシにある「この男、鳥になる」という印象的なキャッチフレーズと、全身を黒い塗料で覆い、羽ばたくように両手を広げて白いキャンバスの上で舞う人物の姿は、上演前から観客の想像力を掻き立てた。ナジは『遊*ASOBU』の制作のために来日した時、偶然見かけた1羽のカラスから『カラス』の着想を得たという。もちろん、作者の言葉を鵜呑みにする必要はない。それでも、上演を通して目の前に現れたカラスを表現したいという主張を読み取ることができる。なぜなら『カラス』では、カラスという1つの対象物を表現しようと模索する過程がそのまま舞台にのせられているという印象を受けるからである。
 真っ暗な舞台に薄暗い照明があたり、アコシュ・セレヴェニによるサックス演奏が始まる。しかしそれは演奏というよりも、息を楽器に吹き込むことで、音を模索しているようにも、音と戯れているようにも聞こえる。しばらくすると、舞台上手にスクリーンが現れ、その背後に立った人物が、心電図のような線を連ねた模様、机、そして2人の人物を描き始める。それぞれの絵は、サックスの音の緩急、舞台上で使われる机、さらに、絵を描いている男とサックスを演奏するもうひとりの男と重なる。つまり、描かれるイメージは、『カラス』を制作する際のデッサンを連想させる。
そして、模様、机、人物を描き終えた男がスクリーンの前に現れると、上空に吊り下げられたカラスのくちばしのように見える2つの円錐の入れ物から灰色の砂が流れ落ちる。静かに上から下へ止まることなく無慈悲に流れる砂は、2人の男の格好の遊び道具となる。男たちは、長細い筒に砂を滑らせて音を出してみたり、砂の流れを止めてみたり、さらに筒を口にあてて音を鳴らしてみたりする。それはまるで、音を作り出す作業のようで、音楽は、元来このような遊びから生まれたのではないかと、音楽の起源へと観客を誘う。
 やがてナジ扮する男は、踊り始める。手や腕などの関節を巧みに動かして表現される動きは、その抽象性から観客の想像力を刺激する。さまざまな解釈を許容しながらも、カラスの不気味な動きに収斂していく。背後に男の影が大写しとなった瞬間、真っ黒なカラスがこの人物にとりついたかのような錯覚に陥る。やはりカラスだ。男はカラスになった。
 椅子に座った男は、黒い帽子を被り、ボールに入ったインクを鼻に塗り、両足の踝辺りに白い羽を着ける。そして、筆に墨をつけるように、藁をバケツの中に入れたかと思うと、その真っ黒な塗料のついた藁を白いキャンバスの上へと投げつける。次に両手を壷の中に浸し、その指を器用に動かすことで、キャンバスの下半分に曲線を連ねていく。そしてついにゆっくりとした動作で、壷の中に吸い込まれるように真っ黒なインクに全身を浸たしていく。壷の中に首まで隠れた男は、まるでサミュエル・ベケットの『芝居』の登場人物だ。
まるでカラスのように全身真っ黒になり、再びゆっくりと観客の前に姿を現した男は、壷口に座り、照明の光を受けてさらに黒光りする。男はもはや性別も肌の色も判別できない「匿名」の存在となる。それまで、表現する対象であったカラスと一体となった瞬間、つまり、客体から主体へと変化した瞬間といえるかも知れない。インクを垂らしながら動くさまは、アクション・ペインティングを連想させ、描かれたイメージは、パフォーマンスの痕跡となる。
暗転となり、劇場が暗闇に包まれる。観客にとってそれはまるで、自らが壷の中に入り、真っ黒になった男の動きを追体験しているように感じられる。「一緒にカラスになろう」それはナジからの招待状かも知れない。

神崎舞(かんざき・まい/大阪大学大学院博士後期課程)

Tags:,
Posted on 2014-09-29 | Posted in vol.22 | No Comments »

Related Posts

 

Comment





Comment