Vol.20

16年目の贖罪-『ピラカタ・ノート』考-|ニットキャップシアター『ピラカタ・ノート』

ニットキャップシアター『ピラカタ・ノート』(4月9日@ザ・スズナリ)

2011年4月京都公演(会場:アトリエ劇研)より 撮影:竹崎博

2011年4月京都公演(会場:アトリエ劇研)より 撮影:竹崎博

 舞台はまるで、おもちゃのまちのようだ。ワイヤーで吊るされた雲、ビル群を模した箱馬、その周りをぐるりと囲んで走るプラレール。そんな小さなまちピラカタのニュータウンで繰り広げられるさまざまな物語は、ままごと遊びのようなチープさを帯びる一方で、そこに住む人々にとっては彼らなりの重みを持った日常でもある。一見すれば、これはありきたりなニュータウンの風景で、だらだらと続く日々を単に眺めている私たちは、少し退屈ささえ覚える。

 ピラカタとは、大阪に実在する街「枚方(ひらかた)市」のことである。この「ヒラカタ」に半濁音を付けこの街の歴史性をパロディにしたのが 「ピラカタ」だ。『古事記』をもとにした国造りの物語がピラカタのニュータウン形成のそれに重なり、またそのニュータウンに住む夫婦、加藤睦夫、妙子の飼っている魚の水槽が小さなピラカタのまちとなる。この三重の入れ子構造の中でピラカタは描かれ、ごまのはえ氏が育ったという実在 の「枚方」から少しずつズレが生まれる。高度成長期に開発された歴史のないニュータウンに、ピラカタ古事記とも言える歴史を与え、このまちに 住む人々の物語を展開していく。それによって、「ピラカタ」という気の抜けた名前のこのまちがリアリティを帯びていった。

 障害児、大和タケルとそのやもめの父、武雄。古代魚を飼育する不妊症の加藤夫婦。地主の孫であるために団地の子供たちに馴染めない少年。そして、夫婦の水槽の中につくられたもう一つのピラカタに一人生きるサカナと彼女を訪ねてくるコートの男。一つ一つの物語は決して軽くはなく、 それぞれが抱えている日常は、相応に生き難いものだ。そしてこの作品は、タケルが近所の子供にいじめられ昏睡状態に陥った日から始まる。1994年12月17日、それは阪神淡路大震災のちょうどひと月前の出来事である。

 舞台上でこの日付が語られた瞬間から、この作品が進む方向はピラカタのニュータウン創世記ではなく、震災の日へのカウントダウンとなる。しかし当然ながら、ピラカタの人々は誰ひとり、あの地震が起こることを想像だにしない。生き辛く終わりのない日々はただただ続き、それぞれの状況が劇的に壊れることがあるなど思いもよらないことだ。眠り続けるタケルは夢の中へ死んだ母を探す旅へ出る。加藤夫婦はなりゆきで貰いうけた 古代魚の水槽に小さなピラカタのまちをつくる。少年は人形を神に見立て、自身の想像の世界にひたる。この日常を打破するきっかけのないまま、 カウントダウンはじわじわと進んでいく。

 私たちが3月11日を予期することが出来なかったように、1995年1月17日も突然にやってくる。その日、団地に住む高校生、沢井かづえがダンプカーに轢かれ事故死する。しかし彼女は心臓が止まり、顔も体もぐちゃぐちゃに崩れながらも起き上がり、団地を徘徊する。古代魚のえさを買いに行く途中だった睦夫は彼女とすれ違うが、その姿を見て見ぬふりをした。次第に野次馬の人だかりができ、映画の撮影じゃないかと見物する者がいて、それでも誰も助けを呼ばない。少年の「救急車!」という叫びが聞こえるまで誰もその場を動かない。ようやく救急車がやってきたときには、すでにかづえは手遅れの状態だった。団地の隣人との距離と、大阪と神戸の距離が1.17の日付を軸にアナロジーとして描かれる。彼女こそまさに神戸の姿であり、それを取り囲む人々は、あの震災のときの神戸をとりまく大阪の姿ではなかったか。そして、彼女を「見て見ぬふりした」睦夫の態度は、あの時枚方にいたごまのはえ氏の態度だったのだ。
 団地の隣人との距離、1.17の大阪と神戸の距離は、まさしく3.11の東京と東北との距離だ。煙の燻ぶる瓦礫の山と、津波によって消し去られたまちは、被災地の周縁にあって震災という経験をうっすらと共有しながらも、日常が途切れることなく続いていたピラカタのまちとのコントラストを生む。少し頑張れば、車で行ける場所。大阪も東京も、そして枚方もそれなりに揺れて、それなりに被災者だ。それでも、人々は余震に慣れ、被災地の光景を見慣れ、以前と変わらぬ生活に舞い戻っていく。

 『ピラカタ・ノート』はごまのはえ氏の16年目の贖罪だ。あの時、枚方にいたことに、被災地を見て見ぬふりをしたことに、そして1.17を忘れかけていたことに対しての償いのように私には思える。氏は大阪と神戸の距離、温度差、そして自身の立ち位置に愚直なまでに正直だった。その正直さは、ピラカタの人々のさまざまな日常を饒舌に物語る一方で、かづえの何物をも物語らない。彼女の物語だけが1月17日で終わってしまうからだ。いや、始まりさえしないのだ。そしてごまのはえ氏は、消えてしまった彼女の物語を作家としての想像力で生み出すことをストイックなまでに避け、ただ交通事故を描写するだけに留めている。そういう方法でしか、氏には神戸が描けなかったのだ。その態度こそ、氏の贖罪のかたちなのだろう。16年たった今、被災地は彼にどのように応えるのか。私はきっと、彼らが抱くのは憤りではなく、赦しであると思う。
 ラストシーン、団地の部屋の明かりが灯っていく。それぞれの部屋に、そこに住む人々の生活が、物語がある。1月17日のあとも、これらの物語はずっと続いていくのだ。ピラカタは結局、何も変わってはいない。少しずつ明るくなるまちの風景は、まるで計画停電が終わり、自粛ムードの落ち着いた今の東京のようだ。東京も結局、何も変わっていないのかもしれない。だからこそ、東京は16年後、被災地に対してどんな物語が書けるのか、私はそれが見てみたい。日常を取り戻すという至極単純な生き方が、避けられない原罪となるポスト3.11の時代に、私たちはどのように被災地に向きあっていくべきなのか、ただごまのはえ氏のように愚直にあらざるを得ないのか。大きな問題提起を静かに孕んだ作品だった。

伊藤 寧美(いとう・なび/国際基督教大学教養学部学生)

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Posted on 2014-06-23 | Posted in Vol.20 | No Comments »

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