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【提言】セイカアートスクエア構想について

【提言】セイカアートスクエア構想について

       
 本構想は、去る6月17日に日本演劇学会のパネルセッション「関西の劇場」にて発表したものである。

はじめに

 精華小学校の見学会で初めて精華小学校の本体の校舎に入ったとき、あまりの見事さに驚嘆し、「ここを壊すのは国宝阿修羅像を壊すよりも犯罪だ」と思わず叫んでしまった。今まで私たちは北側の劇場部分にしか足を踏み入れたことがなかったので、改めてこの学校全体に目を向ける必要があることを痛感した。2150坪、坪当たりの単価は160万円を下らず、売れば50億円以上の収入が大阪市に入る。
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 精華小学校は1929年(昭和4年)に建てられた。校舎の設計は増田清が行い、エレベーターや全館暖房など当時としては最新の設備を備えていた。増田清はドイツのバウハウスなどから影響を受けた建築家で、代表作として登録有形文化財・三木楽器本店がある。精華小学校校舎でも特徴的な梁の使い方などに彼の特徴が見られる。また、この時に校舎の建築費用として集まった金額は、当時の金額で約60万円になり、同時期の大阪城天守閣の再建費用(約47万円)よりも高額であった。その後、大阪空襲でも校舎は残り、戦後もミナミの中心地にある小学校として親しまれてきたが、生徒数の減少のため1995年(平成7年)に閉校となった。
 閉校後は、2004年に大阪市ゆとりとみどり振興局文化振興課(当時)が、雨天体操場があった北側校舎の地下と1階部分を教育委員会から利用許諾を得る形で、精華小劇場をオープンさせた。大阪市初の公立の演劇専用劇場の誕生である。しかし、2007年度に大阪市の売却方針で未利用地として認定されると、開館時に宣言された10年間の暫定利用期間の満了を待たずに、2011年3月、6年半で閉館となった。

精華小劇場での『ケバブ』上演(2009年)

精華小劇場での『ケバブ』上演(2009年)

  クレジット:精華小劇場での『ケバブ』上演(2009年)

 精華小学校のある地域・難波に目を向けると、大阪の二大繁華街の一つであるミナミの玄関口として栄えている。だが精華小学校から歩いて3分程のところに、上本町に移転した新歌舞伎座跡地があるが、ここも利用方法が決まらずにいる。この地域から、精華小劇場や新歌舞伎座などの文化施設がなくなることは、どのような結果に繋がるのか。この地域を発展させるためには商業施設を作ることが最善の方法なのか。精華小学校の価値を再評価し、その再生利用を強く願う人たちが中心となり、11月16日に中の島の中央公会堂、中集会室で「精華小から/建築/演劇/音楽/アートを捉える」と銘打ち、シンポジウム「SEIKA!SEIKA!SEIKA!」を開催した。250人が参加する集会となった。以後、精華小学校再生研究会に集まった建築、演劇、美術関係者は会合を重ね、精華小学校の見学会、映画会などを行い、さまざまな提言を行なってきた。以下に、その一端を紹介したい。
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失速するクール・ジャパン

 Newsweek6月13日号は「息切れクール・ジャパン」という見出しで、日本のソフトパワー戦略の行き詰まりを告げ、「世界の日本ブームは終わるのか?」と問いかけている。21世紀に入り、アニメやマンガなど日本のポップカルチャーが世界的な人気になり、日本が文化超大国として急速に台頭しつつあることが多くのところで論じられてきた。2002年には宮崎駿の『千と千尋の神隠し』がアニメ作品としては初めてベルリン映画祭の金熊賞を受賞、ハローキティやポケモンは世界中のいたるところで人気を集めた。日本経済が停滞する中、新しい市場を獲得し、文化大国の座を築くチャンスと期待された。だがここにきてクール・ジャパンは完全に失速しているというのが定説だ。日本のクール・ジャパン関連のコンテンツのうち輸出されるのは5パーセント止まりであり、アメリカの17.8パーセントに大きく水をあけられている。国外における日本アニメのDVDなどの売上高は2006年の160億円から、2010年には90億円に急降下し、強い競争力を誇っていたはずのゲーム産業にもかげりが見える。10年前には世界の歴代人気コンピューターゲームの上位100作品のうち93作を日本のゲームが占めていたが今は見る影もない。
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 博報堂が2011年度のデータをもとに行なった調査では、重要な5つのコンテンツのうち、ドラマ、映画では韓国に水をあけられ、アジアの多くの国の音楽シーンでJ-POPは韓国のK-POPに逆転されてしまった。KARAや少女時代に代表されるK-POPは、音楽的には稚拙なAKB48などに比べ、はるかに伸びやかで音楽性・身体性も高いのである。クール・ジャパンが持ち上げるのが典型的なオタク文化であり、彼らが愛するアニメやゲームの性的描写にも問題があり、海外では児童ポルノ扱いされているマンガやゲームもある。
 私が問題にしたいのはコンテンツのソースとなる映画、音楽、演劇、文芸、写真、漫画、アニメーション、コンピューターゲームなどに国がどのような投資を行なってきたのかということである。韓国政府はポップカルチャー産業に莫大な資金を投じ、国外市場の獲得を目指してきた。2012年に日本政府が文化芸術分野につぎ込む予算は国の予算全体のわずか0.12パーセントに過ぎない。(2010年に芸団協がこのパーセンテージを0.5パーセントに上げるよう大きな署名運動を展開したが、改善の兆しはまったくない。)これに対し、韓国は毎年0.8~0.9パーセントを投じている。さらにコンテンツ関連予算は2000年度には文化関連予算の15.3パーセントを占めており、日本の約8倍にのぼる。韓国が文化輸出を通して経済を立て直すソフトパワー戦略に目覚めたためだと言える。
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 アニメは今や中国にとって替られようとしている。宮崎駿が手塚治虫をいつも批判するように、アニメーターたちの低賃金での制作は日本のアニメ産業の発展のネックになっている。日本の若いアニメーターは年収100万円程度の低収入で長時間労働を続け、燃え尽きるケースが多い。日本や美術館やコンサートホールなどのハードには金をつぎ込むが、クリエーティヴ産業の人的資源には投資を怠ってきた。最近はマンガやアニメの政策が低賃金な国々にアウトソーシングされることが増え、業界そのものが危機に瀕している。アニメの生産量で、中国は今や世界一を誇るようになった。2011年にはその産業規模は626億円にも達し、今後さらに拡大する勢いである。(NHK、BS-1「中国国産アニメは飛躍できるか?」3月27日放送)
 コンテンツはマーシャル・マクルーハンが『メディア論』の中で提唱している「メディアの中のメディア」に当たるものである。継続的に質の高いコンテンツを生み出し、時代を先取りするソフトパワーを示すには、大胆な国家的投資による人材の育成が欠かせない。特にパフォーミングアーツ(舞台芸術)は多様なメディアと深く関連付けられているので、ここが薄くなると大きな打撃を受ける。由紀さおりが希望の星では寂しい限りなのだ。優れた車、優れた運転手がいても、それを動かすガソリンが欠乏しているというのが今の日本の現状だ。

ドイツにおける公的助成

 大阪市の財政健全化をめざし、橋下徹市長は今年度から3年間で計548億円の事業支出の削減を決めた。なかでも話題になっているのが、大阪フィルハーモニー交響楽団を運営する大阪フィルハーモニー協会と文楽協会への助成金をそれぞれ25%削減し、市内で活動する劇団などへの助成金も凍結するといった文化行政の大胆な見直しである。「文化は行政が育てるものではない」「お客からお金を出してもらえる中身でないと生き残れない」と公言した橋下市長らしい大胆な削減ぶりに、関係者は大きな衝撃を受けている。
 2008年2月の橋下府政発足以来、国際児童文学館や青少年会館の廃止、センチュリー交響楽団への補助金の廃止、ワッハ上方の縮減などが行なわれてきた現状を踏まえれば、今こそ「文化と都市活性化」の問題に関して突っ込んだ論議がなされねばならないのかもしれない。大阪文化団体連合会は「文化こそ都市を元気にし、暮らしを豊かにする」のスローガンのもと、5月31日付で「大阪の文化振興を求める要望書」を橋下市長宛に提出している。
 6月中旬発売の『シアターアーツ』51号では、市川明が5月4日から21日まで行われたベルリン演劇祭の様子を詳しく論じている。国から支出されるこの祭典のための1億6千万円ほどの補助金が、この祭典を支え、ドイツの演劇のレベルアップと、多くの人材の育成、文化の享受者の裾野を広げていることは事実なのだ。ドイツ統一により、東西ベルリンも統一され、その結果ベルリンには3つの公立オペラ劇場が存在する。ドイツのアーティストはスポイルされているという厳しい批判もあり、幾度も大きな論争を巻き起こしたが、現状は維持されている。
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地域コミュニティと文化
 昨年11月16日の集い、「SEIKA! SEIKA! SEIKA!」で、市川は「地域コミュニティと文化―Arts&Theater「セイカ」への夢」というタイトルで話をした。まず、公共の演劇祭や劇場が地域のコミュニティにもたらす可能性について、ドイツのオーバーアマガウの受難劇と、韓国の密陽の国際演劇祭を例に説明した。
 オーバーアマガウは南ドイツの人口5000人程度の小さな村であるが、ここでは10年に1度、キリストの受難劇が行われる。村人が総出で準備をして、5000席の劇場は完売する。ドイツではこのように演劇が地域に根付いており、ドイツ全土122の地方自治体に、150の公共劇場がある。それらの運営は85%が公的支援でまかなわれていることを紹介した。
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 密陽の国際演劇祭は、芸術監督であるイ・ユンテクが開いた演劇村で、学校跡を利用して5つの劇場とレジデンス施設が備わっている。この村の運営費や劇団員の給料は、密陽市が負担している。
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大阪の劇場の現況

 精華小劇場が2011年3月末に閉館、2011年秋には関西芸術座が自分たちのお城とでも言うべき会館・スタジオを手放した。現在の府政や市政とも相まって、大阪の演劇状況は厳しさを増していると言われる。
 しかし2000年代前半に言われたように、劇場または公演場所がないという状況ではない。例えば昨年、長堀橋に「船場サザンシアター」という30席程度の劇場ができたし、劇団ひまわりが移転後、ひまわりの専用劇場であった150席程度の「シアターぷらっつ江坂」が民間の劇場になるようだ。昨年大きな話題になった、再開発が進む梅田周辺では,阪急ビルの上に200~300席ぐらいの中劇場が、また北ヤードの再開発では380席(可動式)のナレッジシアターができる。さらにカフェ公演の広がりによって、公演の可能性がある場所は大きく増えている。
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 公演場所が不足しているわけではないにもかかわらず、このような大阪の逆境がどこからくるのか。一番大きな原因としては、「公演場所」以上の機能、役割を担える劇場が大阪にないことで、これが一番大きな問題である。劇場は空飛ぶ小箱ではなく、場所や地域に埋め込まれ、そこで機能している。劇場が場を形成し、町づくりにも関与するような状態が生まれなければならないはずだ。独自の意図、目的、方向性を持った自己組織化された空間としての劇場を大阪に見つけることはむずかしい。また参加者のコミットメントが存在する空間、すなわち場の目的にコミットし、場において生起するイベントに積極的に関与するような空間は実現されていない。大阪市には専用の公立劇場は現在一館もなく、これは大阪の演劇を語る上で、やはり大きな弱点だと言わねばならないだろう。
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 今国会で成立した劇場法に対する芸団協の提言にもあるように、劇場は「実演芸術の創造、公演、普及、教育の機関」であり、それを通じて「地域のコミュニティの形成、新しい文化の発信、都市の魅力の向上」に寄与する場所であるべきだ。かつてのOMS(扇町ミュージアムスクエア)がまさにそうであり、現在はなくなってしまった精華や森ノ宮プラネット、そして関芸スタジオなどは、このような普及や教育、人材育成などの未来への投資の役割を担っていた施設であったと言える。
 そのような施設がなくなり、代わりに民間の劇場が増えて、役所の担当者からは「やる場所に困ってないのだからいいでしょう」と言われても、民間の劇場だけではどうしても貸館による収益を上げる必要が出てくる。そうすると、本来劇場は「観客」と「劇団」の両方を顧客にしなければいけないのに、競争が激化すると、収益源となる「劇団」にばかり目がいく。演目を選別する基準は弱くなり、貸館料を一定の水準を維持し、新しい投資に使うべきところを、貸館料を値引きすることで、自らの体力を弱める結果になる。
 大阪の現状を見てみると,「大阪市助成金の予算凍結による中止」「次代の中核的劇場と期待されていたナレッジシアターは当面貸館中心で、2年後あたりを目処に自主事業も。そして、大阪市は撤退」「芸術創造館の自主事業は予算凍結」と、まさに先ほどの「公演場所の提供」に精一杯で、それにプラスする機能は発揮されていない。「教育」や「普及」には、それだけで採算を成り立たせるのが難しい面がある。お金を投入することだけが投資ではなく、空きスペースの提供や、法令上の協力、ネットワークの活用等、多面的な方法を考えながら、今、大阪の劇場に足りないことを実現すべきではないかと思う。

レトロとモダン――古い建物は壊さず利用するという鉄則

世界の都市で古い建物はリノベーションで再利用され、町の発展に役立っている。19世紀に建てられた駅舎もリノベーションされ魅力ある場所に生まれ変わっている。美術館やホテルになった例もある。
オルセー美術館の建物はもともと1900年のパリ万国博覧会開催に合わせて建設されたオルセー駅の鉄道駅舎兼ホテルであった。その後、この建物は一時は取り壊しの話もあったが、1970年代からフランス政府によって保存活用策が検討されはじめ、19世紀美術を展示する美術館として生まれ変わることとなった。こうして1986年、オルセー美術館が開館した。美術館の中央ホールは地下ホームの吹き抜け構造をそのまま活用している。建物内部には鉄道駅であった面影が随所に残る。現在ではパリの観光名所としてすっかり定着した感がある。ベルリンのハンブルガー・バーンホーフ現代美術館も駅舎を利用した博物館だし、ヨーロッパでは古城をそのままホテルやユースホステルにして人気を集めている。
 近年では廃校となった小学校や中学校の校舎を保存・再生し、活用している事例も多い。兵庫の北野工房のまち(旧北野小学校)は観光客を中心に年80万人以上が訪れる施設になり、京都の京都芸術センター(旧明倫小学校)は芸術・文化の拠点施設として全国的な評価も高い。京都国際マンガミュージアム(旧龍池小学校)年間30万人が訪れる資料館となっている。千代田区に出来た「3331アーツ千代田」(旧練成中学校)は多くのイベントや展覧会を行い、新しいアートの拠点となっている。イ・ユンテクの韓国ミリャン(密陽)国際演劇村も小学校の跡地を利用したものである。
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 建築物は安全性を考える前に、その建築物の歴史的評価、今後の有用性について考えるべきである。歴史的評価の高い建築物、これからの社会に有効な建築物を、安全性がないから壊すというのは間違いである。町にとって地域にとってどのような価値があるのかを考えてみることがまず重要で、もし安全性が確保できていないならば耐震改修により補強すればよい。精華小ですでに耐震補強が済んだ体育館部分(精華小劇場)や幼稚園の遊技場部分を除き、早急に耐震強度の査定をし、不十分な場合は補強すべきだと考える。もちろん小学校跡を再生利用するという立場からであるが。

町とコラボするパフォーミング・アーツ

 橋下府政・市政は文化人からの風当たりはきついが、美術分野では注目すべき成果が生まれ始めている。「水都大阪」プロジェクトや、それと連動した「おおさかカンヴァス推進事業」である。この事業の2012年度の公募が4月13日に始まり、5月28日に締め切られた。「大阪のまちをカンヴァスに!」をスローガンに、アーティスト、デザイナー、地域団体、クリエイターなどに呼びかけ、大阪を舞台にしたあらゆる表現活動を募集している。優れていると思われるのは作家が「場所」と「作品」を両方提案し、選べることだ。実物よりはるかに美しく描かれた自画像にほくそ笑み、「お宝」を「収蔵」する大金持ち。美術館はこうした「蔵」を壊し、「宝」を広く庶民に公開することから始まった。アートはさらに「蔵」としての美術館や「お宝」を否定し、町に飛び出し、町を美術館化することを始めた。根底にあるのは参加の思想だ。この事業では作家は町を作る喜びにもひたれるのだが、これはパフォーミングアーツにも共通するものだ。事業には6600万円が計上されているが、パフォーミングアーツの分野にも拡大してもらえないだろうか。演劇は人件費の問題などがあり、予算が膨らむことは必至であり、予算の計上方法は現在のままでは舞台芸術にはなはだ不向きだが、変更の余地はあるように思う。精華小学校再生研究会のほとんどのメンバーがこの事業に応募している。もちろん精華小学校を使っての事業だ。精華小学校を早く開けて利用したいという強い意思の表れである。われわれが提案した精華こども祭が地元に拒否されたため、別のルートや方法を探ることになった。

文化・芸術と並走するアーツカウンシルを

 2012年6月13日に大阪府市都市魅力戦略会議が開かれ、「世界的な創造都市に向けてグレート・リセット」なる案が発表された。府市一体となった形で観光、国際交流、文化、スポーツなどを推し進めるのが狙いだが、3つの重点取り組みの一つとしてアーツカウンシルの導入があげられている。専門性、透明性、公平性をうたった第三者機関が、評価・企画・調査することになる。鑑賞者・参加者の数のみならず、文化の多様性がどのように反映されているのか、表現の革新性や作品の社会性など、芸術の質にかかわる問題が深く論議され、評価されることを望む。OAC(大阪アーツカウンシル)は文楽や大阪フィルの評価もその守備範囲に入れていると聞く。また大阪に漫画アニメミュージアムを作ることを含め、ミュージアム都市を前面に打ち出した提言も準備段階にあるという。精華小跡地を大阪の文化芸術の拠点にするために考えられた「セイカアートスクエア構想」なども論議・検討の対象にすることを強く望む。文楽には「グレート・リセット」が必要と考えられているようだが、文化・芸術を規制するのではなく、それと並走し、活性化するものであってほしい。

ミナミを大阪の文化・観光の拠点に

 先の大阪府市都市魅力戦略会議では文化観光拠点の形成として5つの重点エリアをあげている。1)大阪城を中心とする大阪城・大手前・森之宮地区、2)中の島中央公会堂周辺の「博物館の島」構想、3)天王寺動物園を核とした天王寺・阿倍野地区、4)御堂筋フェスティバルモール化、5)大阪港を中心とした築港・ベイエリア地区。4)では「集客の核となる拠点の整備・誘導」として「精華小跡」が明示されている。5つの地区のうち、いちばんあいまいで出来の悪いのが4)の「御堂筋フェスティバルモール化」である。中心となる地域・建物がはっきりしない上、「にぎわい空間の形成」があいまいでわからない。どうやら梅田から難波までを想定しているらしい。大阪の文化の中心はミナミでなければならないと思う。そのこてこてで猥雑な精神性やエネルギーから大阪の文化は生まれ育ってきた。ミナミを大阪の観光の一大拠点として、精華小学校跡を文化芸術発信ための公共空間として開発してほしい。
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セイカアートスクエア構想

前提となる提案:
 大阪市は建物を一元管理する。土地は売却しない。(土地価格を事業計画に反映しないため)民間事業体が運営する。建築物の現状を出来るだけ生かし、リノベーションにより再生活用する。運動場を広場(オープンスペース)として残し、地域の中心とする。プロポーザル方式によりプロデューサーを選出する。(事業コンペをしない。企画力のみの審査を行なう)

総合的な文化施設としてのアートスクエア(市川提案)

 全体を3つのブロックに分割する。

Aブロック:アートスペース。美術館や画廊での発表の場を持たない新進作家のモダンアートの発信の場にする。展示場以外にアトリエ、スタジオ、ギャラリーなど広く利用
Bブロック:資料館スペース。マンガ・アニメミュージアム、上方演芸資料館など。図書室も置き、生涯学習ルームや子ども、学生の自習室として使用
C ブロック:パフォーミングアーツ・劇場スペース。稽古場。諸団体の事務室
劇場はいくつかの空間を用意し、1公演で複数の空間が使用可能にし、超先端を行く演劇の発表の場とする。以下のようなことを具体的に考えている。

1)維新派の本拠地を置き、劇団事務所、稽古場を与える。
2)DIVE、新劇団協議会など諸団体の事務室を置く。
3)稽古場を無料で開放し、若手の育成に当てる。
4)精華を中心にフリンジを開発し、演劇祭、国際演劇祭を開く。

⇒2キロ(徒歩や自転車で来られる地域住民の拠点・メッカ)から20キロ(大阪府内や近隣の県の住民が乗り物を使って1時間くらいで来られる、使用度の高い芸術空間)、200キロ(名古屋や岡山・広島など時間がかかっても大きな催しには来ようという注目度の高い劇場)、2000キロ(世界からゲスト、お客を呼べる世界的な演劇祭の場として)へと劇場の影響圏を広げ、将来は2000キロの観客を射程にした取り組みへと羽ばたいていくことが重要だと思われる。
今年の4月に開館した「江之子島文化芸術創造センター」(大阪府立)と連携し、大阪のアートシーンを形成することも重要だろう。すでに耐震強度を満たしている劇場、幼稚園、運動場スペースを利用してイベントを行い、府民の注目度を集めることは焦眉の課題だと思われる。以下のようなことを当面考えている。

・大阪カンヴァス推進事業に応募し、精華小学校を使った大規模なパフォーマンスを行う。
・子どもフェスティバルを開き、ジュニアバンドなどの演奏や人形劇のワークショップなど、子供にとってこの場所が重要なことを広く府民に知らせる。
・大道芸フェスティバル:10月の御堂筋kappoや静岡のフェスティバルと連携・協力
実験演劇、モダンアートの発信地としての性格を強め、アピールする。
最近出来た「津あけぼの座スクエア」(幼稚園をリニューアル)なども参考にしたい。

 夢や理念を語ることはもちろん必要なことだが、こちらから具体的な提案をして、とにかく行動に出ること、実績を作っていくことが重要である。それによって広範な人たちが精華小学校跡地の重要性に気づき、この場所を芸術文化の拠点として利用しようという運動に参加してくれるだろう。

市川明|いちかわ・あきら(大阪大学教授・ドイツ演劇)

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Posted on 2014-09-29 | Posted in vol.22 | No Comments »

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